 |
 |
          |

|
転載 「変革時代のIM研修」 産業立地(日本立地センター機関誌)2011.11号 星野 敏 著
|
|
| お忙しい方へ BI/IM早わかり |

A. JBIAでは産業創造と表現しています。産業とは辞典にある生きるための仕事です。
先ずは個人や家族が生活する仕事が第一で、それを確保するのがBIです。

A. 新しくは産業創造者と呼び、初期の創業相談員のみではありません。
BI事業で定めた地域目標達成に向けて戦略から戦術まで総合的に活動活動する
ようトレーニングを受けた産業創造の新しいプロのことです。

A. 産業振興は多数の既存企業の衰退防止と救済が主な仕事ですが、BIは撤退した
産業を補い経済力を維持するための創造が主で大きな違いがあります。

A. 起業する人が沢山いるアメリカはこれで良いのですが、わが国では起業を志す人が
少ないので、起業風土をつくり、現れた適性者を起業家に育成し、事業が育つまで幅広
く垣根を越えて問題を解決するのが現代日本型BI/IMで内容は多種多様です。
|
|
|
| 日本型BI/IMへの展開 (時間のある方はご一読ください) |
| |
1. はじめに

わが国のビジネス・インキュベーション(以下BI)は、1980年代後半から1990年代初期において、かながわサイエンス・パークや島屋ビジネス・インキュベータに代表される研究開発型企業創出の試みから始まりました。その後、日本新事業支援機関協議会(JANBO)による全国的発展促進の過程を経て、現在は(社)日本ビジネス・インキュベーション協会(JBIA)による、地域毎のニーズに対応した経済活性化促進の時代に変遷しています。20余年にわたるわが国BIの足跡を振り返り、今後の日本型BI/IMを展望します。
|
2.第1世代型から第4世代型へ

アメリカで生まれたビジネス・インキュベータ(BI施設)は、雇用開発に顕著な成果をあげたことから、世界中がこれを学び、さらに効果的なものにしようと様々な試みの結果数多くの方式が生まれました。そしてアメリカの最初の試みから25年程遅れ、わが国でも迫りくる産業の陰りに備え、BIを学び優良事業創出に最も効果的と思われた、大型施設による技術開発型の方式が試みられました。これをわが国における第1世代型BIと分類します。しかし、時と共に、この何百億円もかけた事業は、地域開発的には賑わいを創出しているところもありますが、投資に応えるような事業成果がそう簡単には出て来ないことや、都市部においては可能性があるが、非都市部では困難なことが明らかになってきました。しかし、幸いなことにこれら先行事例の努力により、BI事業運営におけるIMの存在意義やノウハウの基礎が蓄積できたのです。
2000年、JANBO発足直後、国内先行事例のノウハウを基にIM養成研修を開始し、ソフト面の普及に加え、ハード面では国の政策により、投資を回収しやすい廉価な新造施設に加え、有休化した公共建造物の改造によるBI事業が多数始まりました。これをわが国の第2世代型のBIと分類します。そしてこの施設の中でIM達が経験を積むにつれ、地域産業政策の期待にそれまで以上に応える方式として、戦略的でソフト重視、なおかつ地域事情や日本人の性格を考慮したプログラム中心で施設を伴わないBI事業が生まれてきました。これを上記に対し第3世代型のBIとします。この変遷のきっかけは、わが国と比べ5倍も起業率の高いアメリカ方式を学んで始めたものの、先進国では起業率最下位というわが国民性では、国情に合う方式へと変遷せざるを得えなかったようです。
国や大学が起業家教育を大々的に推進してきましたが、一国の国民性は10年やそこらで変わりようもなく、逆にこれらの事実を前提とし、費用対効果の上がるBI方式が編み出されてきたのです。
さらにその先の第4世代型については、後ほど説明します。
|

|
|
3.JANBOと共に 〜現代BI/IM論へ〜

BI/IMという用語の意味する背景は、世界中で様々であり、なお且つ時々事刻々変化しています。起業率がアメリカより高く、これから先進工業国を目指そうとする中国は、工業団地に一気に日本の中堅企業に当たるような企業を生み出すことを、BIと称しています。それとは対照的に、約10年をかけて発展してきたわが国第3世代型のBIの基となる、日本型「現代BI/IM論」の要点を説明します。
1959年、BIの原型が生まれた当時のアメリカの経済事情と、わが国のBIが始まった1980年代後半とは当然のことながら経済事情はかなり異なります。またアメリカで職の無い失業者が起業という選択をせざるを得なかった事情、起業に対する国民の受け止め方、起業家者に対する社会の理解度もわが国とは大きく異なっています。今にして思えば、そのような違いがあるにも拘わらず、BIが地域振興に多大な貢献を果たしたという評価のみに注目し、その背景にあるものを軽視してきたところにわが国BI事業の足踏みがあったようです。しかし、それに気付きそこから脱却し、しかもわが国に合った方式が生まれてきたのは、JANBO事業により輩出された、IM達の努力があったからに他なりません。
1999年に5年の時限で始まった新事業創出促進法の名称は、通産省(当時)がBIをこのように和訳したようで、アメリカで普及しているBI施設数と同様、わが国においてもBI事業を全国的に増やすため、中核的支援機関を整備しました。この法律により、地域プラットフォーム毎にBI施設の整備も進み、2000年から始めたIM研修シリーズには、約1000名の方々が受講しました。
今までになかったIMというBI実行人材を多数輩出したことで、最初はBI事業のコアである起業家育成のみであったものが、経験を積むにつれBI事業の戦術的な内容から、明確な目標や定量的な効果を考えるマネジメントという本来の機能へ高まりました。併せてBIの目標を創出する戦略志向のニーズが高まったことから、2007年にはIM研修の中にBIコース(戦略コース)を作り、これらの総合から、日本型BIが完成域に達してきました。そして、現在はBIのことを「産業創造」、 IMのことを「産業創造の問題解決者」と解説しています。
この結果、一人一人の起業家育成と、その成果である事業創成に注力することになり、そこまで実力が付くと最後に到達するところは、BIの本来目標である、「豊かな地域」や「富の創造」で、一つ一つの事業を束ね大きな効果を追求する産業創造になります。
但し、ここまで来ると一人で成し得る仕事ではなく、自治体の産業政策担当部署との連携なしでは達成し得ない事業となります。幸いなことにわが国には「産業プラットフォーム」という新事業創出促進法が構築したインフラのお陰で、人的連携さ
えできれば産業創造は手の届く範囲にあります。
|
4.IMのキャリアーパス

BIが上述の発展を遂げたのと合わせ、IMの機能も変化してきました。すなわち、初期のアメリカのIMは、失業者が生計を立てるために起業するのをサポートする仕事でした。でもわが国は、経済が厳しい他国にくらべそれほど失業率が高いわけでもなく、また起業する人も少なく、さらに新規事業を受け容れるカルチャーも乏しく、わが国なりの方式を20年間追求した結果、アメリカのような典型的な創業支援ではなく、わが国なりのやり方が生まれてきたのは先述のとおりです。
わが国初期のIMも最初は「起業の相談員」であり、これはIMの基本能力であり今も変わりはありませんが、これだけではIMではありません。BIという用語がまだ珍しかった頃は、起業を支えるだけでもIMの存在は貴重でした。しかし、BIがここまで普及し、IMの基本的な職能内容がわかってくるにつれ、ビジネス経験者が容易にこの分野に進出しており、わざわざ大金をかけてビジネス未経験者を相談員に養成する必然性が薄れてきました。

しかし、IMにはBIのマネジメントという、忘れてはならない最も大切な職能があります。これは起業者を育成し、事業創成を効果的に果たし、BI事業の投資効果をあげることです。そして地域を豊かにするのがゴールであり、地域全体を想い、IM活動の上流を考えると、いやがおうでも地域産業政策との整合なしに実施することは不可能となります。それゆえ、IMが経験を積むにつれて到達するところが「産業創造の問題解決者」になるのです。
一つの事業を創造するためには、事業計画を満たす要素をすべて結合しなければなりません。起業家が一人でこれを実行できれば問題はないのですが、複雑な現代社会の中でこれを達成するのは容易ではありません。そこで事業が成立するよう第3者が能動的に要素結合のお手伝いをすると事業や産業が生まれる確率が高まります。すなわち地域という容器の中で、産業創造という合成反応を加速する触媒の役割がIMの職能にたとえられます。更には地域内に産業が生まれやすいような要素を補っていく事もIMの仕事になってきます。そうなるとIMの専門性における知識習得は際限がないように思われますが、IM一人でそれを獲得するのは無理なので、浅い広範囲な知識は必要ですが、深い専門性は専門家とのネットワークにより満たすことで補えば良いのです。ネットワークはIMの勤続年数に比例して大きくなり実力を発揮していきます。プロが誕生するまでには年月が必要ですが、IMも例外ではなく、IMも経験を通して完成していきます。

人間は本来上昇意欲のある存在であり、希望があればこそ、そこに人としての生きがいを感じます。そうなると起業相談、事業創成、産業創造という経験の積み重ねによる能力の獲得により、IMのキャリアーパスが形成されます。わが国では新しい産業政策実施場面で、不足機能を補うためにコーディネータとかアドバイザーという名称で、類似経験を有する人を、単職能、短期契約で充当していますが、IMへの期待はこれとは全く逆に、産業創造における幅広い活躍場面で高い目標を示し、本人が望むのであれば意欲と知恵と行動により高度なところを志向してもらおうというものです。産業という現代の富の源を創出する人材がいつまでも素人集団では、国際競争から脱落します。従って、IMは経済産業政策における「産業士」として新しいプロとなることが期待されています。そしてIMの活躍により、やがては国家資格、産業士が誕生することでしょう。JBIAはこの新しいプロを育てるための活動するところでもあります。
|
5.「自立」を目指すJBIA

JANBOの2008年度で活動が終了し、BI/IM事業を今後も継続するため、JBIAを組織しました。その理由は、産業創造は人の活動により達成されるもの、達成までにはしかるべき時間が必要という基本理念により、この目的で輩出され全国で活動しているIM達のモラルや能力を維持するためには拠点が不可欠と考えるからです。
同時に約10年続けたわが国のBI/IMのあり方を改めて問い直す機会でもありました。そのきっかけとなったのは、JANBOが呼びかけて始まったアジアのBI関係者の集まりAABI(Asian Association of Business Incubation)および今までお手本としてきたNBIA(National Business Incubation Association)等から得られる情報です。
産業創造の考え方は、世界の経済環境や時代毎の国々の潜在能力や国民性、産業動向などを考慮してなされるべきで、他国の成功をひたすら追いかけてはみたものの、わが国では通用しないところも多々露呈しました。明治の富国強兵殖産興業の時代は、国家が産業創造の牽引役として機能し、今工業発展途上国がそのような状態にあります。しかし、先進国といわれる国の経済は民間活動により繁栄し、国家や自治体の役割は行き過ぎの規制や、衰退産業の救済となっています。
さて、発展途上国でもなく、成熟衰退国家でもないわが国はどちらに属するのでしょうか。今までJANBOでは、公の観点から全国一律のBIを推進してきましたが、経済や産業の実態は各地各様です。そして大きくても小さくても、産業創造はそこに暮らす住民が生きるための挑戦意識で臨まないと自立は果たせません。そうであるならJBIAも事業者と同じ立場で運営の自立を基本としないと実態と乖離します。虚ではなく実を直視し、潜在する非営利人材資源を活用することでさらに新しい日本的な第4世代型BIが見えてきます。そうなるとアメリカのNBIAのように、JBIAも自立の道は不可避です。
|
|
|
|